その姿を見て、やる気を見て、前をむかされた
見送ってから、1時間もしないうちに戻ってきた。
その姿は別人のようだった。
ぱなしは身長は170㎝で平均だが、部活もしていたので色も黒くやけ、どちらかというと体格はがっちりとしていた。
しかし処置室からでてきた姿はとても小さくか弱く見えた。
車いすに乗せられ看護師さんに押されながら照れた様子で、何故かにやっとしながらでてきた。
病室に着くなり
「めっちゃ怖かったけど思ったより全く痛くなかったわーあーよかったー」と能天気に話ながら「ぷ~」とおならをしてきた。
「くっさー!」と笑いながらやっと緊張の糸が少し緩んだ気がした。
ほっとしたのも束の間で私はすぐにセンター試験の事が頭をよぎった。
この時の本音としては
(もう体に管が入ったこんな状態でテストは受けられへん。
どっちにしても現役合格はできるわけないと思ってたし、体のことだけ考えて治療に専念するしかない)と思っていた。
でもぱなしは違った。
「赤本と問題集をそこの棚に並べといてほしい。」と言われた。
入院になるかもと最初の病院で言われて1度着替えを取りに行った時、スーツケースにぎっしりと問題集を持ってきていた。
1、2、3、、、10?!病室でめちゃめちゃやる気やん、私が先に諦めてたらあかんわ。
前を向かされる気持ちだった。
ぱなしを見ると初めての入院で自動に動くベッドのボタンで上げたり下げたりしながら「おおー!」と少しはしゃいでいた。
しばらくして帰る事にした。
医学部受験なんてやらなければよかった
少しも諦めていないぱなしの姿に前向かされたはずだった。
帰り道、シーンとした中一人車の運転をしていたら、いろんな感情がむくむくとでてきた。
センター試験直前の緊張感の続く毎日の中、思いもよらない病気になり息子を病院へおいて帰っている。
これでいいのか。医学部なんて目指さなければこんなプレッシャーもなく肺に穴が開くこともなかったかもしれない。
でももうここまできてしまったら引き返せない。間違えていたのかもしれない。もうやめたい。
一人車の中で声をだしてわんわんと泣いた。
軽い気持ちで医学部受験を目指した事を後悔した。
センター試験までの治療計画が決まった
翌日から毎日、病院へ行ったが、ぱなしは諦めるどころか病室のベッド上で痛み止めを飲み必死で勉強をしていた。
個人塾の先生とも連絡をとっていたようで、プリントなどLINEで送ってもらったりしながら
「10時間ほど勉強できた。」と言っていた。
入院3日目に呼吸器の先生からセンター試験を受ける為の計画をたてる為に呼ばれた。
呼吸器内科の先生は白髪頭の物静かで穏やかな先生だった。
「レントゲンで確認したけど穴が塞がらなかったので手術をする必要があるね。」
先生は軽く言ったが私たちにとっては崖からポンと背中をおされたような瞬間だった。
「がーーーーーーーーん!!」
一筋の光が消えた瞬間だった。
「ただセンター試験を受けるとなると当日は病院から行く事になるので手術を少し先に延ばして試験が終わり次第手術をしましょう。」
説明を聞きながらぱなしの横でぽこぽこと音をたててる機械を見て思った。
(ん?この機械は一緒に帰るのか?管で体と機械をつながれたまま動けるのか?)
と思っていたら先生は
「このままでは移動できないのでドレーンを外すためポータブルドレーンに機械を変えるので今度は正面に穴を開けこれをつけます。」
見ると丸いプラスチックからホースがでたおもちゃの様な物だった。
センター試験直前に体に穴をあけもう一度、不安と痛みに耐えなければいけなくなるのは避けたかったが、選択肢はなかった。
長い説明が終わり治療計画が決まった。
16日(木)ポータブルドレーンの取り付け
17日(金)一時退院
18日(土)センター試験
19日(日)センター試験
20日(月)再入院
21日(火)手術前の検査や準備
22日(水)手術
コメント